P2Pの本質

P2Pの哲学  「未来を予測する最良の方法はそれを作ることだ」という研究者・起業家であるデービッド・リード(David P.Reed)の用語でいえば、これらの条件が満たされたP2P的な交流と共働のネットワークは「グループ形成型ネットワーク(Group Forming Networks=GFN)」になるだろう。私は以前、20世紀のコミュニケーションの2つの主要な方式が、マスメディアを利用したマス・コミュニケーション(典型はテレビ)とパーソナルメディアを利用したパーソナル・コミュニケーション(典型は電話)だったとすれば、21世紀の情報社会でのコミュニケーションは、グループメディアを利用した「グループ・コミュニケーション」になるだろうと論じたことがある。P2Pの哲学は、まさにそうしたネットワークやコミュニケーションの形を志向している。

 そこでは、コミュニケーションのコンテンツがP2P的に提供され合うばかりか、コミュニケーションのためのインフラもまた、P2P的、つまり通信サービスを自分たちで生み出して消費するために、これまでの「パブリック・ユーティリティー」ならぬ「グループ・ユーティリティー」の形をとって、自前で構築・運用されていくことになろう。

 広域イーサネットや無線LANによる「公衆インターネット」の普及は、明らかにその方向を指し示している。そうなれば、従来の通信事業者のビジネスは比重を大きく減じるだろう。インターネットのありかた自体も、在来型のパーソナルメディアに近い電子メールやポータルサイトを通じたマスメディア型に近いコンテンツ提供方式から、より直接的なP2P型へと変わるだろう。

 しかし、グループを作ること自体に価値があるのではない。それによってお互いが交流・共働し、いかに有用で楽しいことができるかが大切である。P2Pの哲学に立脚したグループの形成や運営には「必要最小限の原理」に基づくことが大切だろう。つまり、グループに多くを望みすぎないことや、グループ内の人間関係がベタベタせずにサラサラした関係にとどまるのを善しとすること、などである。 その意味では、P2Pの哲学に立脚した情報社会のモデルは「究極の個人主義」的な社会モデルといえるのかもしれない。

 こうした哲学は、個人を要素とするいわば第1レベルのグループだけでなく、グループを要素とする、さらにはグループのグループを要素とする、第2、第3のレベルの大グループにも適用できそうだ。従来の「系列」に代わる企業間の共働関係、企業・政府・NPO(非政府組織)3者間のより対等な共働関係、さらにはASEAN(東南アジア諸国連合)などに端緒が見られる国家間の共働関係などにも、P2P型の模索や展開が見られるようになるのではないだろうか。


P2Pの本質ってなんなんでしょうか?
というところで、こんな記事を見つけました。
自分がサーバ機能を有することで、クライアントの存在を知ることができる。
クライアントとネットワークを形成すること(これがオーバレイネットワーク?)でコミュニティが形成される。
今までのクライアント、享受する立場、から双方向のやりとりができるようになる。
コミュニケーションを確立する相手が増える。

てな感じなのかなぁ。

そもそもなぜP2Pモデルなのか?
って言うところで疑問がぼろぼろ出てきたので、
こういうことを書いている。

ということでまとめると、
P2Pモデルの利点は
・コミュニティモデルが作りやすい。
・サーバ管理のコストが少ない。
っていうところかな。

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